STMのバリェーション

 

 

 上の画像はSTMです。ほぼカタログから消える頃の製品だと思われます。残念ながらその年のカタログ等の資料がなく、シリアルから推測される製造年の翌年のカタログにはST57(62)Mが登場しています。ちなみに同カタログにはSTMシリーズのブリッジの在庫を利用したと思われるST−CHAMP10も掲載されています。

 10年ほど前のイシバシ楽器のショップオーダーらしいとの事ですが、詳しくは判りません。ネックのリフィニッシュをさせていただいた頁さんの“スパロゴ”のSTM等と同様の楽器店等のオーダーにより製作されたカタログに掲載されていない製品だと思われます。

 明らかなパーツの変更が見られるのでどこまでオリジナルの仕様なのかは分かりませんが、ラージヘッドである事から考えると、PUカバーやノブはオリジナルでリッチー風のモデルだと想像できます。今回オーナーからお借りできて記事にする許可をいただきましたのでご紹介します。

 

§ ボディ §

 

ボディはSTMの仕様そのものです。

 ピックアップカバーやノブの色以外は通常のSTMと同じです。ボディ形状もSTMそのものです。ブリッジはエンドロックス仕様でアップリセスザグリがあります。ボディ裏もSTMシリーズの特徴であるトレモロ裏パネルの落し込み加工がされています。ネックとはヒールカットされたプレートでジョイントされています。

 後期になるほどボディのエッジが小さくなって面取りの境目が角張ってくる印象ですが、ボディのクラックからかなり厚い塗料がみられます。ネックポケットをみると、オーダーの文字が見られるのでやはりショップオーダーとして製作されたもののようです。ティルト機能もSTMシリーズ同様に取り付けられています。

 ザグリも2スタッドトレモロの後期仕様でHSHになっています。ボディ材はネックポケットや塗料が割れている部分からアルダー材かそれに近い材の様な感じです。ポケットからは接ぎ目が見られませんし、価格から1Pは考えられませんので3P以上の材のようですが、分厚い塗料に守られて外見からは接ぎ目は見られません。

左は前期型のボディですが、ザグリ形状以外は同じです。

 

 前期型のボディと比較してみました。トレモロ部分とPUザグリ以外は同じです。その他の変更点としてはトレモロザグリが2スタッドトレモロになり稼働範囲が大きくなったので、それに伴って一回り大きくなり裏側からはアップ部分にブロックが当たらないように約2mm拡げられています。これはこのボディだけではなく所謂後期型に共通する仕様です。

 トレモロハンガー部分は、稼働範囲が大きくなったにも拘らず若干浅くなっています。スタッド部分の強度対策か、ボディ全体のザグリを小さくする意図なのか、少々チグハグな印象です。それはともかくお預かりしたこのSTMは最後期のものですから、トレモロのリセスザグリが大きい後期型の後半の形状のものです。

 パーツ等についてですが、ピックアップはリアがオリジナルではない様です。ミドル、フロントはSTMに搭載されているフェライトマグネットのものと同一なのでオリジナルのままのようです。その他エンドピンとアームがオリジナルではないようです。エンドピンはダボを埋めて補強してありましたが、使い方が激しいので予めトラブルを防止する対策をしたものかもしれません。ボディ裏エンド側の塗装の割れがかなり激しいので勝手にそんな想像をしてしまいました。

 何れにしましてもこのモデルのボディのパーツは一部が変更されてはいますが、カバーやノブの色以外は通常のSTMシリーズと同じものが組み込まれているようです。

 

§ ネック §

 

 

 このモデルで特徴的なのは何よりラージヘッドである事です。ボディはミディアムスケール専用で小型化されていますから更にヘッドが大きく見えます。STMシリーズでもナット幅やグリップはナローアンドスリムになっていますが、ヘッドの形状はノーマルのフェンダーヘッドです。さすがにラージヘッドだと小型化されたボディとの組み合わせでは大きさが強調された感じになります。

 グリップ形状やナット幅等のサイズはSTMの仕様です。グリップ厚は、1フレットで19mm、12フレットで21mmです。リペアでお預かりした頁さんのスパロゴのネックもそうでしたが、形状はかなりカマボコに近い感じです。頁さんのネックは180Rでしたがこちらの指板は240Rです。ポジジョンはアクリル5パイでSTMの基本仕様です。

 不思議なのはロッドの仕込み方です。ミディアムスケールネックはST−314から一貫してグリップ側から埋め木を仕込んで、スカンクライン入りでヘッド側からロッド調整出来る様になっていたのですが、これは何故かネックエンドにナットが仕込んであります。リッチー仕様ならば、隠れているナットをロケットナットにした方がルックスも近くなると思うのですが...。

 ローズ指板でロケットナットが無いラージヘッドはかなり違和感があります。’70年くらいまでの仕様を目指したにしてもフラット張りの指板ですからやはり微妙です。ただ、それ以外にこのヘッドには面白い事があります。

 STMのボディにラージヘッドの組み合わせではかなりヘッドが大きく見える事に配慮した形跡があります。ナット周りにロケットナットが無く、フラット張りの指板である事以外に通常とは微妙に異なる部分があります。そこで同じラージヘッドのムスタングと比較してみました。

 ヘッドの形状や大きさはほぼ同一です。ムスタングもラウンド貼り指板ですが、ロケットナットではありません。同じ様な仕様ですが、感じが違います。並べて比較するとと6弦からナットまでの距離が随分違うのが分かると思います。その為ヘッドの長さが短くなっています。

 右の画像は並べてみたところですが、幅や形は殆ど同じで、長さが短くなっているのが判ります。ヘッドを見ながらいろいろと考えているうち一つの仮説が浮かびました。

 ラージヘッドSTMにラージヘッドを組み合わせるとヘッドが大きすぎてバランスが悪くなるのは製作する前に想像できます。つまりこの製品はヘッドが大きくなりすぎる事に対策をした結果、このような仕様になったと思われます。

 おそらくコスト等の問題で縮小したラージヘッドで製作することが出来なかったため、ラージヘッドの全長を短くする為6弦からナットまでの距離を短く設定したのです。偶然かもしれませんが、その様に考えるとリッチー仕様でありながらこの仕様に落ち着いた訳が説明出来る様に思われます。

 根拠としては、ナットからヘッドの先端までの長さが通常のフェンダーヘッドの長さと、ほぼ同じである事です。STMネックはヘッドそのものはノーマルのフェンダーヘッドと同一です。そこで、形状を変更せずに長さを合わせてバランスを取ろうとしたのではと想像できます。

 もしかするとギグバックのサイズ等の問題からそうなったのかもしれません。ボディとヘッドのバランスという意味ではSTSも通常のフェンダーヘッドと同じです。短い分には同じ規格のギグバックに入りますので問題ありません...。何れにしろミディアムスケールのストラトにはラージヘッドはバランスが悪いのでスモールヘッドと長さを合わせたと考えた方が気分がいいです。

 その結果、6弦のペグがナットに近くなって狭くなたスペースにロケットナットがあると見た目が悪いとの判断でナットをエンドから出す様にしたのではないかと言うのが私の仮説です。通常のSTMと同じ仕込でも、比較対象があると、短くしたのが分かり易いので敢えて避けたと考えられます。

 ネックポケットにはティルトが取り付けられているのですが、通常のSTMはロッドの端の金属がこの部分に当たって機能するようになっています。通常は金属のプレートをネックのジョイント部分に取り付けられているのですが、これには無く調整の際にイモネジを締め込んだために機能することなくネックポケットに凹みが生じていました。

左はSTSです。 ティルトのネジの部分が...

 個人的にはナットとヘッドの段差を’50年代並みに鋭角にしてロケットナットを先端だけ出すようにすれば、違和感があるかもしれませんがそれ程格好悪くならないと思うのですが、いかがでしょうか。ネックの仕様を見てみると、ラージヘッドであるにも拘らずフラット貼り指板である事やティルト機能があるのにジョイント部分に対応させていない等、詰めの甘さが見られて惜しい気がします。

 サイドポジションは、指板との境目ではなく指板材のサイドに入っていますが、スキャロップ加工に考慮したのか、中心よりグリップ側になっています。グリップが非常に薄くなった時期は指板側を削っていたのか普通にスキャロップ加工をすると指板面から出てしまうものも少なくなかったですが、生産終了に近い時期ものは不良を出さない為に考慮されていたのかもしれません。

 ナットは材質は不明ですが、リッチーを意識して黒いものが取り付けられています。ナット幅は約40mmです。付け直されたのか交換されたのかは不明ですが痕跡があるのでオリジナルなのかは不明です。ペグはGOTOHのSG381H.A.Pに交換されています。オリジナルもGOTOH製ですからネジ穴もそのままで交換できますので簡単で有効なグレードアップです。テンションピンもローラータイプに変更されているようです。ヘッド周りのパーツも多分通常のSTMと同じだと考えられます。

 塗装についてですが、このモデルも頁さんのスパロゴネックと同様にイエローナチュラルで着色しています。STMシリーズは基本的に艶有りナチュラルなのですが、このあたりもショップオーダー故の仕様変更でしょうか。シリアルナンバーはネックポケット近くのジョイント部分に入っています。


 冒頭でいきなりSTMと表記していますが、このギターには一切STMという表記はありません。ヘッド形状がラージヘッドでロッドの仕込も通常のSTMとは異なりますが、その他の基本的な仕様がSTMと同じですので私はこのモデルをSTMのバリェーションであると判断しました。

 肝心なスケールがミディアムであり、何よりグリップが所謂スリムアンドナローなので、STMのレアモデルという事ができると思われます。例によりまして、記載内容にご意見や誤り等についてのご指摘等ありましたらBBSやメールにてお知らせいただければ幸いです。

2006.1.17